2007年12月12日

さよならジョニー。

さよならジョニー。
今シーズン末に戦力外通告を受けた一人の投手が、ユニフォームを脱ぐ覚悟を決めた。

プロ通算13年 199試合登板
76勝68敗1S 防御率3.43

黒木知宏投手 現役引退を表明

正直、私はあなたの全盛期をテレビの中でしか見ることがありませんでした。あなたの全盛期、私は野球ではない別のことに興味があった時期だったのです。

それでも、あなたの活躍を数秒で終わってしまうプロ野球のニュースで見ていましたし、プロ野球に興味が薄かった頃の私でも目にした1998年7月7日のマウンド。シドニー五輪代表前後の「だからわたしはこれがいい」なCM、ビジター側だけ観客がまばらな千葉マリンスタジアムのマウンドで吠えるあなたの姿は本当に印象的でした。

そして肩の故障……。


プロ野球合併騒動とボビー・バレンタイン監督復帰。そのころから喋り手として番組を担当することになり、同時に野球に対しての興味が再び沸き始めました。生活の安定と共にスタジアムに足を運ぶようになったとき、あなたの姿は千葉マリンスタジアムにはありませんでした。私があなたの姿を見た主な場所は浦和であり横須賀であり平塚であり……。

最初にあなたを生で見たのは当時のゴールデンルーキー・辻内との投げ合いに沸いたジャイアンツ球場。初めて生で見たあなたの投球。全盛期と比べてしまえば納得のいくレベルではないかもしれませんが、気持ちが乗っていると言う事は十二分に分かりました。二軍戦であなたの姿を見るたびに何というか、ドキドキを感じてしまう自分、上で投げる姿をもっと見てみたいと思う自分の二人が居たような気がします。


2007年。

浦和での投球は満足のいくモノではなかったかもしれません。ジョニーが打たれて試合をひっくり返された場面も見ています。そして若手(内君や三島君)や吉井のおっさん、園様と汗をかいている姿をハンパ無い熱さの山形県野球場で見たとき、色々と覚悟をしたのも事実。園様の補佐的にブルペンを預かる姿を目の当たりにして、今シーズン末での現役引退、コーチ就任を覚悟していました。


そしてチームからの戦力外通告。

あなたは現役にこだわりました。

同時のコーチ就任要請を蹴り、現役を貫く、他球団からのオファーを待つと言うコメントが出ていました。

正直、ロッテのユニフォーム以外を着ているあなたの姿というものを想像しにくかったのですが、それでも男が選んだ道。それを見守るしかないと思っていました。


他球団(ヤクルト・西武)が調査、何というニュースが流れ、来シーズンは別のユニフォームを着る可能性があった11月。合同トライアウトも開催されたのですが、そこにジョニーの姿はありませんでした。

そして今日の現役引退発表……。

この間の葛藤たるや、本人にしか分からないだろうし、一お客さんであり、さらには遅れてきた子である私が何をとやかく言う気はさらさらありません。悩みに悩んで決めた道でしょうしね。ただ「千葉ロッテマリーンズの黒木知宏」で現役を終える事は確実なわけです。球団様、来年のオープン戦でセレモニーを……開いてくれるんですよね?


今後は未定ですが、野球解説者としての道が有力視されています。外から野球を見て、いつの日か魂をボールに込められる次世代のエースを育てに浦和や幕張に帰ってきてくれることを祈っています。


黒木投手、お疲れ様でした!



※オサナイさんが読んで深夜に泣きそうになった「マウンドの記憶」を紹介したエントリー
マウンドの記憶(2007/7/7エントリー)
posted by おさない at 21:47| Comment(0) | TrackBack(1) | かもめーず 2007
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Excerpt: 元・千葉ロッテの黒木知宏投手が12日、現役引退を表明しました。今後に関しては未定です。 黒木投手は、延岡学園高から社会人・新王子製紙春日井を経て、1994年ドラフト2位で千葉ロッ...
Weblog: Kio -朔北- De nuevo
Tracked: 2007-12-15 00:08