2007年11月30日

最後のストライク

昨日深夜、一人部屋で読書。ここ最近、買い溜めた本を消化しているのですが、予想以上にいい塩梅だったので紹介しましょうか。

最後のストライク―津田恒美と生きた2年3カ月
津田 晃代
幻冬舎 (1998/06)
売り上げランキング: 231327

関東地方、私ぐらいの年代の子は、親御さんの影響から夜のテレビは巨人戦がほとんどの場合流れていたと思います。広島が買っていると現れる炎のストッパー……。なんかもうもの凄い速い球を投げるピッチャーなんだなってのと、急逝された大ストッパー、なんてイメージでした。

今回、津田投手の奥様、晃代さんの著書「最後のストライク〜津田恒美と生きた2年3ヶ月」を本当にたまたま手に取ったんですよ。シーズン中はなんやかんやと忙しく、ようやく昨日の夜に読み進めていたら、本当に一気に読み進めてしまいました。何というか、途中で読み止めるのがもったいないというか何というか。本人や家族ののいらだち、不安。気を遣いすぎる津田さん、仲間達の励まし、余命半年の宣告がジムに通うまでに回復していく姿……。じじいになって涙もろくなったのかもしれませんが、夜中にぽろぽろ目から透明な汁が流れていました。

今、私の手元には津田さんが闘病のために現役を引退する年、広島東洋カープが優勝をした年、91年のプロ野球選手名鑑があります。「昨期は故障に泣いた。守護神復活の年」という文言が何とも言えないキモチにさせてくれます。そして、当時の広島の選手を見ると、若かりし佐々岡さん・前田さん・緒方さんやルーキーのヤマケンさん、私とほぼ同じ名前の長内孝選手、移籍していた高沢さんなどがいらっしゃったんですね。(前田さんの項目、趣味の欄に音楽鑑賞とあり、さらにアーティストはプリンセスプリンセスというなんかもう涙なネタがあるのですが、それはまた別の話)


津田さんがお亡くなりになった1993年。私は高校生でした。

当時はただのガキで、彼の闘病生活やその後というモノが余りよく分かっていませんでした。

今回、改めてこの本を読んで「津田恒美」という炎のストッパーいたと言うこと、グラウンドの中でも、そして病魔とも闘っていたと言うことをココロに刻んでいこうと思いました。
posted by おさない at 22:38| Comment(1) | TrackBack(0) | Books
この記事へのコメント
津田かあ。

彼の最後の登板をたまたまテレビで見てたが
あれが最後になるとは思わなかったなあ・・。

彼が亡くなった日はちょうどオールスターが
開催されてて彼の訃報が読まれた時の
マイクの前の絶句感が印象的だったよね。
Posted by 5150 at 2007年12月02日 01:27
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