2007年07月07日

マウンドの記憶

マウンドの記憶
テレビの中のキオクでしかなかった1998年7月7日、グリーンスタジアム神戸の試合。

スポーツニュースで見た、マウンド上で跪く54番を背負った投手。

目には大粒の涙。


ヲタ化していたとしても、オヤジの影響で大なり小なりプロ野球が気になっていたあの頃。連敗記録を止めるべく力投を続けていた、負の波動に引き込まれまいと投げ続けていた、同点弾を食らってマウンドで跪いてしまった54番を背負った投手の名前をオレは忘れまいと思っていました。

数年後、色々な事があり、気が付けばかもめーずという名の紳士になったワタシ。

「好きになったら最強」だとはいえ、リアルタイムで見ることが出来ていない、感じることが出来ていないと言うのは結構悔しいもので。

ただ、無知をそのまま無知でいる、適当な知識でネタを書くってのはアタシの信条に反するんです。


知らなかったら調べればいい。

判らなかったら聞けばいい。

映像や文献を探せばいい。


連敗記録を阻止するべくマウンドに上がった漢が九回二死2ストライクから同点弾を打たれる…。映像は先日、ナンバービデオ「大逆転!! プロ野球!」を確保。あの頃のキオクが多少よみがえりました。ジョニーの涙な映像は忘れようがないけどね。

その日の背景やマウンドで跪いた投手の事が書かれているという「マウンドの記憶」をここ数年探していました。どうやら廃版になってしまっているようで、普通の書店では置いていなかったんですよ。

先週の土曜日、ブックオフでようやく発見。前の所有者が何で手放したかは判らないけど、私の手元に来たと言う「縁」をありがたいものだと思わなくちゃね。

と言うわけで、九年前に起きた出来事を克明に描いたドキュメント本の感想を書いていきますよ。

なんというか、この「マウンドの記憶」をおいらは一生、魂の本棚に置いておきたいと思いました。

冒頭に描かれる他に類を見ない大連敗街道を驀進していたチームの焦燥感。ジョニーの抑え天候への不安。「全てを忘れろ」とアドバイスを送る成本さん(現ヤクルト投手コーチ)。何をどうしても勝てない昭仁(現巨人フロント)の焦り。そして暴動を恐れていたチーム関係者の斜め上をかっ飛ばしていたファンの「俺たちの誇り」熱唱。

会社の休み時間に読んでいたんですが、昭仁が監督室に籠もり、外から俺たちの誇りが聞こえてきた云々のくだりは、不覚にも泣きそうになってしまいました。こういうのを見れば見るほど、興味を持つのが遅すぎたと言う点を後悔してしまうんですよね。

そしてプリアムに打たれたジョニー。マウンドに跪き、抱えられるようにベンチへと帰って行く……。

ここで前編が終了。ジョニーのルーツをたどるべく、幼少期からロッテ入団直後までの流れを追っていく中編に突入であります。

ジョニーが野球を始めたきっかけ、中学高校時代、そして社会人。最初は諸事情で別々にいた両親が一緒に観戦してくれるのを目的に頑張っていたジョニー、その気持ちプラスで仲間を甲子園に連れて行くんだと言う熱いハートにはもうドキドキですよ。あとは社会人時代の変革していくジョニーと魂を入れ込んだ吉井憲治さんとの話。魂のエースと言われたジョニーが形成されていく過程を目の当たりにします。

有名な石田打撃投手が背番号を暖めていたくだりも熱かったなぁ。最後の石田さんの息子さんが「マリーンズに入って、お父さんとジョニーの54番を背負うんだ」ってコトバに、嬉しいながらも複雑な石田お父さんの感情がスッと入ってきていました。

後編は18連敗後の話。

ジョニーに最多勝と最優秀勝率をバックアップすべく、全力で戦っていたチームメイトの動き。野手ミーティングでの熱いやりとりは再び目頭を熱くさせられました。平井さんの「一番愛する人(=ジョニー)の為に頑張る」発言には、素直に格好いいなって思いました。

1999年。近藤昭仁更迭、山本功児(現ラジオ日本解説者)二軍監督昇格。このあたりで今だ抜けきれぬチームのぬるま湯体質をコミさんや園様(現浦和鴎投手コーチ)と共に憤りを感じるジョニー。ジョニーファンには必携だと思うこの「マウンドの記憶」ですが、コミさんと園様のハンパない格好良さも特筆に値すると思います。コミさんが滅茶苦茶渋いエース、園様が引退間近のベテランと言う風に描かれているんですが、二人の描写でご飯5杯は確実ですよ。特に園様の格好良さは、もう……。

そしてジョニーは故障を押して出場を重ねていく、いわゆる怪我へのプレリュードが描かれはじめます。18連敗中、顔にボールを受けてなお強行出場した清水将海(現中日)はいち早く故障に気づいたモノの、本人の「ぬるま湯のチームを変えたい。勝ちたい」と言うキモチに押されて、それ以上何も言えなくなってしまうくだりとか、エカさんもジョニーの故障に気づいていたものの、「チームを変えるのはジョニーしかいない」と言う思いから、先発を志願するジョニーの押し切られてしまう。

そして向かえたジョニーの先発試合。

ジョニーの熱い気持ちはクールと思われていた大塚明さんのハッスルプレー、取ることが出来るかどうかギリギリのファールフライをダイビングキャッチで捕球に行こうとする、本当に熱いプレーを呼び込む……。今の感覚だともうスペるんじゃないかとドキドキものなのですが、とにかく熱い気持ちがどんどん伝播していたようです。



ただ、みなさんご存じの通り、ジョニーは2001年後半に99,00年の無理が祟るように、怪我との闘いという長いトンネルの中に突入していっています。厳しいことを言うかもしれませんが、年齢や度重なる故障で往年の、いわゆる全盛期の投球は正直望めないでしょう。でも、そんな中でもジョニーは色々と模索して、自身の投球スタイルを変えながら「ファンの為、チームの為」に頑張っているんだと思っています。苦しい時期を支えた漢が苦しい時期を乗り越えようと、楽しんで野球をやろうと頑張っている、チームの要石として頑張っている、その姿にはもう頭を下げるしかありません。


「マウンドの記憶」、未読なかもめーずは是非。
posted by おさない at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | Books
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