2007年03月05日

【TB企画】鉄道好き−プロ野球ブロガー編−まとめ(7)

ウグイス201系
※画像は手持ち画像からアイアン的な写真をお届け。今日はウソ電から出たマジ電、うぐいす色の201系です。って、束では廃車が出るのに酉では使い倒す不思議。もし仮にJNRだったら広域転配とかあったんだろうなぁと妄想。

【TB企画】鉄道好き−プロ野球ブロガー編−」まとめエントリーの第七弾です。今回はQ15のまとめパート4です。

さて、今日も張り切って皆さんのオモヒデをまとめていきますよー。


■元記事
【TB企画】鉄道好き−プロ野球ブロガー編−

まとめ1(Q1〜Q3)
まとめ2(Q4〜Q9)
まとめ3(Q10〜Q14)
まとめ4(Q15−1)
まとめ5(Q15−2)
まとめ6(Q15−3)

Q15.今まで乗った路線や列車でキオクに残る路線や列車はありますか?

今回も五人のブロガーさんのオモヒデを紹介であります。

ハヤテの野球観戦および旅行感想記」・ハヤテ1985さんの回答。

キオクに残る路線は「五能線」と「山陰本線」とのこと。

実は私とも密接に関連があったりする路線だったりするんですよ。

目からビームを出す木造駅
父方の田舎が遮光式土器でおなじみの亀ケ岡遺跡もある旧西津軽郡木造町(現・つがる市)。色々な意味で斜め上をかっ飛ばしている木造駅駅舎が本当に印象深いです。ただ、父方の田舎に行くときの通例で青森駅から伯父の車でズドンというパターンが多かったんですよ。地元が産んだスーパースター、吉幾三さんが立てた白亜の御殿(冬季は雪との保護色で見えなくなるw)を見に行くだのなんだので五所川原から津軽鉄道に乗ったときも五所川原駅まで車だったですしね。圧倒的な車窓を誇ると言う話は良く聞くので、圧倒的に少ないw本数をやりくりしてなんとか乗りに行きたいモノであります。

山陰のパタパタ
山陰本線は逆に母方の田舎(島根県)があるので、ガキの頃は寝台特急出雲に揺られて帰省していました。でも、最後に行ったのって「くにびきこども博」開催中とか、そんなぐらいの年だったはず。今年頭に母方の伯母が神奈川の方に来たとき、乗り鉄云々で私が山陰本線の方に行っているなんて話になりまして。それだったら遊びに来なさいと言われましたが、終電間近に到着して始発前後に出発するだなんて嫌がらせとしか思えない行程を組んでいる私ですから、苦笑いして「単純に迷惑かかる」って言うのを伯母に説明しましたw まぁ、乗り鉄メインではなく、観光なんかも絡めて山陰地方に行ったときにはお邪魔しようかなぁと思いますけどね。

とりあえずは未乗区間である鳥取−幡生(+長門市−仙崎間)をこなしてからだろうなぁ( ´∀`)



いてまえ主義!」・仮面ライターさんの回答。

キオクに残る路線は「神戸電鉄」とのこと。

残念ながら私は神戸電鉄に乗ったことはありません。ただ、噂は色々と聞いています。


神戸電気鉄道は都会部から一番近い秘境駅の宝庫(だった)と。


週刊鉄道データファイルで概略を掴み、牛山隆信氏の「秘境駅に行こう!」「もっと秘境駅に行こう!」で菊水山駅(現在は営業休止中(廃止にすると余計な経費がかかるので休止…らしい))が取り上げられ、神戸という大都市から少しの距離で「何もない感」を味わえると言う色んな意味でステキな路線であることを知りました。対有馬温泉観光に主眼を置いた路線だったようですが、時代の移り変わりで沿線のベッドタウン化により通勤方面にシフトしてきているようですね。

仮面ライターさんは無人駅初体験を神戸電鉄にささげたようですw 駅員さんがいる事が当たり前だと思ってしまうと、誰もいない駅というのはドキドキかもしれませんね。アタシはもう最初の地元駅、寒川神社最寄り駅、国鉄時代の相模線宮山駅は正月以外は完全無人駅でしたし、ちょっと足を伸ばせば相模線最強であり、TUBEの前田氏も通学に使ったという入谷駅がありますからね。色んな意味で鍛えられた幼少時代でしたw



M's Diary」・もとき。さんの回答。

キオクに残るのは「中央林間発東武日光・鬼怒川温泉行きの3者直通記念号」とのこと。考えれば神奈川の真ん中から栃木の奥まで私鉄のレールで繋がっているんですよねぇ( ´∀`)

……と。

もとき。さんが「キオクに残る」と挙げてくれた理由がアレなんですわ。全文引用させて貰いましょう。
二度とああいったイベントには行かないと思うきっかけになりましたし。
……やっぱり、アレですか。真っ直ぐしか見えていないというか、周囲が見えないと言うか何というかなヤツがいたですか……。

幸か不幸か、鉄道イベントが多く開催される土日がラジオなお仕事で潰れている為、エッジな人を見る機会というのが少ない私。そんな中で…もう一年前にはなりますが、寝台特急出雲と東京口の113系最終日祭をチョロッと見に行ったんですよ。写真は別の日に押さえていたんで本当に見送るだけというか何というか。Pod Castの収録メインと言うのが真の目的ではありますがw

本文と写真は日にち的に同じですが関係ありません。
そんな祭感溢れる日の横浜駅で廃止とは関係のない富士ぶさ(横浜発18:27)が入線してきまして。その時点で東海道線上下線のホームの茅ヶ崎よりにはおじゃり様やらエッジっぽい人が大挙して陣取ってました。私はその様を生暖かく見守っていたんですけど、上りホームにいた厨房と下りホームにいたおっちゃんがエキサイト。おっちゃんは上りホームに来ないと思ったのかどうか知りませんが、厨房が何事か煽り倒しています。おっちゃん、たまらずダッシュで階段方面に向い上りホームへ。上りホームに到着したときのおっちゃん、誇張じゃなく頭から湯気が上っているように見えました。しばらくして駅員さんやら周囲の人がなだめて終了って塩梅だったみたいなんだけど……。

なんにせよ、普通に鉄道が好きな人の肩身が狭くなるような、現業の人々に迷惑がかかるような、そんな行為は勘弁して欲しいですな。まぁ、どこんなセカイでも「普通な人が大多数。アレげな人が一握り」って図式は成り立ったりするんですけど。しかも老若の差はあんまり関係ないみたいだし……。会津で信号機に上ったヤツだとか千葉で線路に寝っ転がってたヤツだとか、自分で自分の首を絞めているのに気づいていないんだろうなぁ……。

とりあえずは「場の空気を読める人間になろう」って事なんすかねぇ( ´∀`)



Platform」・Bs4さんの回答。

キオクに残るのは愛用の「JR関西本線(大和路線)」とのこと。

地元の足ってのはもうそれこそゲタ的な感覚で使って、色んな節目節目で一緒にいたり。日常の足だったり、遊びに行くときの足だったり。なんだかんだと不満なところがない訳じゃないけど、地元路線てなんとなく好きだったりするんですよね。

混色編成
大和路線と言えば、幼少の頃に図鑑で見た白と赤の塗色に「大阪−奈良」と言うヘッドマークを付けた113系が私の中ではい印象深いです。いわゆるカボチャ色(緑と橙色)、ちょっと頑張って横須賀食(濃紺とクリーム)しか見ることが出来なかった私にとっては阪和快速色や関西快速色は本当にあこがれでした。オトナになってからは奈良−天王寺間、新今宮−奈良(+加茂)間を乗車。奈良からしばらく見える自然にドキドキ。自然と天王寺が近づいて見えはじめる住宅地やビルとの対比が面白いなぁと。あとは東部市場駅近くの百済貨物駅のごちゃごちゃさ加減にも目を奪われましたっけ。

あ、そうだ。私が初めて関西に旅行した2003年春。クハ不足を補う為だったらしいんですけど、大和路線系統に「両端のクハのみスカイブルー、真ん中の車両はうぐいす色」と言う、関東人にとっては「それなんて国鉄時代の横浜線」的な編成が動いていたんですよ。そんな編成やハイパー改造された103系を見て、私はJR西の(色んな意味の)凄さを感じたモノであります。まぁ、何回か行くうちにハイパー改造された103系には慣れましたけどねw



関東黒鴎組通信 Stand Alone Complex 2nd GIG.」・ぶらっくまりーんずさんの回答。

「72系が走っていて、道路改修で富山口駅が移転する前の富山港線」「10系・35系客車が闊歩していた頃の北陸本線」「廃線直前の富山地方鉄道射水線」以上の3つを挙げて頂きました。

古き良き80年代初頭の富山駅周辺鉄道と言った塩梅でしょうか。富山港線から72系が撤退したのは80年代中盤。フリークエントサービスってなんじゃそりゃ的な機関車牽引の鈍行は80年代でもザラ。富山地方鉄道射水線の廃止は1980年4月1日…。

在りし日の富山駅富山港線ホーム
私の中では完全に文献の中のお話です。私の中では完全に幼少の頃に地元の図書館で読み漁った鉄道ファンやケイブンシャの鉄道系大百科、学研の図鑑の中の出来事だったり。逆に言うと本の中の北陸筋は魅力が本当に一杯だったんですよ。103系と似てるけど微妙に違う72系とか、名鉄から高山本線を突き抜け地鉄まで乗りれる北アルプスとか、ヘッドマークが健在だった対大阪電車急行群とか、485/489系、げんこつにボンネット入り乱れる特急銀座っぷりとか。特に相模線のタラコ色気動車で大満足していたw、神奈川のガキ鉄には本当になじみが薄い交直流の電気機関車なんかもあこがれでありました。


72系の営業列車終焉の地である富山港線は今では3セクに経営移管。ぬこのマークでおなじみの富山ライトレールへ。

客車列車が闊歩した北陸本線は……客車列車の跡を継いだ寝台電車581/583系を改造した419系がようやっと終演を迎えはじめている。

富山地方鉄道射水線亡き後の富山駅周辺だが、市内線は未だ健在。さらに富山ライトレールが根付きはじめている。


微妙に替わっていても大きくはぶれていないと言った塩梅でしょうか。オトナになってから私は富山に足を踏み入れているので、富山というと419系か交直流急行形電車475系が原型ライトで頑張っているとか、そんな姿を思い出してしまいます。富山県内のJR線、高山本線を除いて「乗りつぶし」は終わりましたから、高山本線復旧時に名古屋方面から上っていって、ライトレールとか、しないからバスで港に行き、万葉線と繋がる如意の渡しとかを堪能したい今日この頃であります。



と言うわけで今回はココまで。
今日でようやっと半分の方々の紹介が終わりましたよ。色んなオモヒデ・色んな見方があるようですね。ホントまとめがいがあって嬉しい悲鳴ですよ、奥さん。

てか、ある程度の話題について行けて関連画像が(多少強引でも)あるアタシって一体|||orz
posted by おさない at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道
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