2008年03月15日

さよなら銀河

さよなら銀河
2008年3月15のダイヤ改正で星の彼方へ飛び去った寝台急行「銀河」……。

14日下り発車時の東京駅な映像を見ましたけど予想通りの大きいオトモダチや小さいオトモダチで大にぎわい。祭り当日は、終電の絡みなどもあり家でまったり過ごしていたのですが、とにもかくにも現地組乙でありました。

今日はそんな寝台急行「銀河」のオモヒデ話をつらつらと書いていこうかしら、そんな風に思っていますよ。

図鑑の中で見る寝台急行「銀河」は、EF58が牽引して、20系客車の綺麗な編成。東海道筋の寝台列車群の中でもひときわ目立つ存在だったわけで。寝台特急とはちょっと違う「急行」と言う響きにも惹かれていた、そんな感じでしょうか。

大人になるにつれ、アイアンと多少離れてしまい、寝台急行「銀河」の客車が特急でよく使われていた24系25形に変わっていたという話を変わった後の数年後に聞き、「銀河もついに特急化なのか」などと素っ頓狂な考え方をしたモノです。

幼少の頃から、父方の田舎・青森には「ゆうづる」「はくつる」、母方の田舎・島根には「出雲」で向かっていた私。実は、自分のお金を出して乗った寝台列車というのは寝台急行「銀河」が唯一無二、なんですよ。夜行列車と言うくくりであれば「ムーンライトながら」「同91号」「ムーンライトえちご」「ムーンライト高知」などと言う、いわゆるな18キッパー御用達列車なわけですよ。そういった意味でも私の中で寝台急行「銀河」は特別な存在なのです。

と言っても、私が乗車したのは下りが一本、上りが一本という2回だけ。それでも、両方とも本当にオモヒデ深い旅の供だったような、そんな気がします。

最初に乗ったのは、鉄塔売りの中の人を退職して、フラフラしていた2004年3月14日。ふと「関西に行きたい」と言う思いを抱いて、小田原から飛び乗ったのです。改めて考えると、寝台急行「銀河」廃止から4年前の旅だったんですね。

大阪駅到着(2004/3/15 大阪駅)

小田原から乗車した後、数年ぶりの寝台列車、しかも客車となると本当に久しぶりだった私は、変なテンションになってしまい、ビールを飲んでも目が冴える冴えるw 静岡…浜松…名古屋…大垣…米原……。結局、一睡も出来ないままに大阪駅到着。変なテンションのまま、頭とおしりの写真を撮ろうとしていた、そんな記憶があります。

この時の一人旅「27歳の修学旅行」から、完全にアイアン方面の再覚醒があり、今ではお盆と正月の長期旅行に日本を漫遊する人になってしまいました。来週後半から公開する、ポッドキャストの再放送「Deep Trial -21- Classic」でその時の音を流す予定です。スキモノの皆さん、適当に待っててくださいw

まだまったり
(2007/3/14 東京駅)

廃止から1年前の東京駅はまだまだまったりしていました。この時は特急「東海」の廃止の頃で、寝台急行「銀河」はたぶん大丈夫だろう、新幹線最終後に発車して始発前に到着する利点はまだ有効だろう、そんな風に思っていました。なんやかんやで駅撮りでしかないけど、アイアン活動もしてるんですよ( ´∀`)

しかし、よくよく客車を見ると、そこかしこによれが見えていたのも事実でして……。寝台列車の行く末を考えると暗惨たる気分になってしまいました。

そして、2007年12月に来春(2008年)のダイヤ改正関連の情報が発表。その中には新線・新駅開業とともに寝台特急「なは・あかつき」の廃止と共に、寝台急行「銀河」の廃止が発表。旅情系アイアン派はその発表に色々な感情がこもった切なさで一杯に。信じたくないけど、現に情報は出ていたわけで……。たまたま正月旅行をそっち方面の予定を立てていた私は、最終日の行程を寝台急行「銀河」に乗れる行程に変更。老兵の去り際を見届けるべくチケットの手配に走るのでした。

そして2008年1月4日、大阪駅……。
列車案内
(2008/1/4 大阪駅)

大きな荷物とカメラとマイクを持った私は10番乗り場で列車の入線を待っていました。列車に乗る人、見送る人、分かりやすいアイアン派な方々が多かったけど、それでも親子連れや女性など、昨今の携帯電話のカメラ付き機能の充実を改めて感じさせてくれるような、そんな感じでしょうか。

カニカニどこカニ?
(2008/1/4 大阪駅)

入線と同時にアイアン派な方々が後のテールサイン周辺に群がっています。カメラだけではなくビデオを構えている人もちらほら。なぜかマイ曇ってレポートを入れていた私がいましたがw、それ以外は本当にみんなが名残惜しそうに撮影をしている、そんな空気で一杯でありました。

手作り
(2008/1/4 大阪駅)

ふと車両を見ていると、行き先方向幕が白い違和感。何かと思っていたら、幕の故障か盗まれてたか知らないんですけど、ボール紙にそれっぽく作られていました。列車の廃止前後になると、バカがヘッドマークを盗んだりするニュースが必ずと言っていいほど流れますが……。一握りのバカのせいで普通にしている人たちが迷惑するのはいやんな感じだなぁと。盗り鉄だけじゃなくて、写真撮っている時に罵声上げてるのもd(ry

翼を休めた銀河(2008/1/5 東京駅)

発車直後から新大阪までだだ流しして収録、大津でのお休み放送を録音した後にぐっちゃりと寝てしまう私。4年前は一睡も出来なかったのに、今回はびっくりするぐらいに寝てしまいまして。4年で旅慣れたというか、ジョイント音が逆に子守歌になるようになってしまうようなそんん塩梅でして……。冬の朝の東京駅の空気に凛とした気分になりつつ、東海道筋を走る青い車体との最後になる旅を心に刻みつけようと思った次第です。


機関車や客車の老朽化や利用率の低下、夜行列車を取り巻く環境は年々厳しくなっています。来年は寝台特急「富士・はやぶさ」の廃止もなんて話がありますし、本当のところ「乗って残そう」ではもう済まないところまで来ている、そんな気がします。ならば旅情系アイアンとしては、残された時間を、活躍する最期の時を見て体験するのが自分自身に出来ること、何のかなぁなんていう風に思っている今日この頃です。

とにかく、寝台急行「銀河」に関わったすべての人たちに……お疲れ様を言わせてください。

お疲れ様、そしてありがとう。


Night Train Home.....
と、テーマになっている列車は違うのですが、去りゆく寝台列車に捧げる曲として、土曜日の放送で矢野顕子の「Night Train Home」をフルコーラスでかけました。ワンマンスタイルの放送ではあるのですが、曲を聴きながら大分しんみりしてしまいました。

狭い日本、そんなに急いでどこに行くじゃないけど、寝台列車のあの独特な空気は永遠に残して欲しいと思うんだけどなぁ……。


■ようつべより
「Night Train Home/矢野顕子」
(ご利用は自己判断で)
posted by おさない at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道
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